入居差別を違法としたさいたま地裁H15.1.14判決の当事者に、直接聞き取りをしたことがあります。法定講習の講義内容をもとに「法律相談Q&A」記事を準備したことを思い出しました。こちらに転載してご案内します。
こちら新聞記事(2024.1.16朝日)が紹介されていたものを見かけて、良い機会かと思いましてご案内します。一人でも多くの方に、ご一読いただけましたら嬉しいです。
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先日、宅建業を営む私の店舗に、「外国人でも入居を断られないような物件はありますか。インド人なのですが。」という電話問い合わせがありました。日本語は問題なさそうでしたが、外国の方に不慣れな大家さんの顔も思い浮かんだので、つい、「肌の色は普通の色ですか」と尋ねてしまいました。相手は「普通の色ってどんな色ですか。」というので、「そりゃ、日本人のような肌の色のことですよ」と受け答えしたところ、相手は無言で電話を切ってしまいました。
私としては、大家さんの関心事項を聞いておこうと思っただけで、人種差別をする意図など全くありません。このような場合でも、法律問題になってしまうものなのでしょうか。
1 現実の裁判となった事例
この設例は、さいたま地裁平成15年1月14日判決の事案をもとにしています。同判決では、設例とほぼ同じ電話やりとりに関して、専門家たる宅地建物取引業者としては「決して、してはならない行為であることは当然に認識してしかるべき」と厳しく判示して、宅建業者に合計50万円(慰謝料40万円、弁護士費用10万円)の損害賠償を命じています。
不法行為(民法709条)が成立する場合の慰謝料の金額は、被害者にいかなる精神的苦痛が生じたかによって決せられます。また、差別被害についての理解が不十分であると、無自覚に差別行為を繰り返してしまい、各方面で顧客の信頼を失い評判を落としてしまうことにもなりかねません。
今回の事案は、歴史性の側面や、加害者・被害者間での受け止めの軽重に不均衡があることなど、差別被害の特徴がよく現れていますので、この二つの観点から考えてみましょう。
2 歴史性という特徴
被害者の精神的打撃は、それまでマイノリティとして体験した他の数多くの差別被害の蓄積と相まって生じるものであり、その歴史性という特徴を理解しておく必要があります。
実は、さいたま地裁の原告Aさんが、あらかじめ宅建業者に電話問い合わせをしたのには理由がありました。今回の転勤に伴い部屋探しをするなかで、既にAさんは、複数の大家さんや仲介業者に入居を断られたり、露骨に顔をしかめられたりするなどの取扱いを受けていたのです。妊娠中の妻が落胆の度合いを強めていく姿を見て、Aさんは、部屋探しに同行させたことを後悔します。自分ひとりであれば多少の差別などはねのけてきたけれども、今度、生まれてくる子どもや妻と共に家族として平穏に過ごしていくための居場所は見つかるのだろうかと、自身の焦りも募ります。
何とか気を取り直して、今度は不愉快な思いをすることがないようにと、店舗に出向く前に業者に予め問い合わせたのが、今回の設例の電話でした。あろうことか、この電話でも差別に晒されるに至り、受話器を持つAさんの手は震え、電話を切るしかありませんでした。何事かと心配そうに聞く妻に事情を話すと、涙を流して寄り添ってくれた、といいます。
インド人として日本社会に暮らしてきたAさんにとって、おそらく、差別体験は、今回が初めてのことではなかったことでしょう。同じくマイノリティに属する家族や友人から聞かされた差別被害の体験談に共感し心を痛めてきた経験も蓄積されているはずです。こうした個人的な歴史のなかで鬱積しつづけた心情が、問題となった直近の差別行為によって一気につながって極度の怒りと絶望となって作用しているのです。
差別被害を考えるにあたっては、問題とされた直近の行為だけを取り出して考えるのではなく、マジョリティ・マイノリティといった階層を伴う歴史的経緯を背景に、ある種の社会的な作用として被害が生じているという構造を理解しておく必要があるといえるでしょう。
3 加害動機の軽さは、被害者の衝撃とは無関係であること
差別被害を見ていくなかで、行為者側の軽い気持ちと、被害者が受ける精神的な衝撃の重さについて、あまりにも釣り合いがとれておらず、それがゆえに相互に理解しあえないまま不信感を抱いているような場面が見受けられます。
さいたま地裁の事案では、宅建業者に特に悪気があったわけではなく、通話時間は30秒にも満たない短時間のものだったそうです。判決文からは読み取れませんが、もしかすると、宅建業者の担当者としては自身が差別意識を持って対応したというよりは、そのときのとっさのやりとりのなかで、他方の顧客である家主の関心事を先回りして聞いただけであった可能性もあります。
しかし、仮に、このように行為者の直接的な動機が軽いものであっても、差別被害の衝撃が軽減されるわけではありません。むしろ、普通の人が悪気なく差別意識を露呈するときに、被害者は差別社会の現実を目の当たりにして、より大きな衝撃を受けるとも言われます。
4 宅建業者の果たすべき社会的責任
宅建業者が取扱う宅地や建物に関する契約は、個人の日常生活の基盤としてなくてはならないものです。日本の地域社会が多様化するなか、不当な差別によって住居の確保が困難になってしまったり、無用な心の傷を与えたりすることのないよう、宅建業者が果たすべき社会的役割はますます大きくなることでしょう
たとえ顧客である家主に外国人を避けてほしいという要望があったとしても、仲介業者はそのような要望に従うべきではありません。家主の多くが偏見を払拭しきれていない場面においてこそ、専門性と社会的見識を備えた宅建業者の存在価値があるといえます。顧客への指導をとおして公正な取引へと導いていく社会的責任を果たすことが期待されています。