以下、学校法人京都朝鮮学園を被害者とする名誉毀損を認定した2019年11月29日付京都地方裁判所第3刑事部(柴山智裁判長)判決に関するコメントです。本判決は、日本国内における数多くの名誉毀損判決の蓄積によって形成された一般的な判断基準からの逸脱を示すのと同時に、国際的な基準からも逸脱しています。
国連のコングレス(※1 ▶参考URL1)の日本開催を控え、来年2020年という年は日本の刑事司法のあり方に国際的な関心が集まる特別な1年となる。今般、コングレス開催地である京都の重要事件で、京都の裁判所が、特異な判断を示したこと、これは、日本司法の国際的な規範(ex 一般的意見35/第15項「文脈的要素」など)への無理解、無関心を象徴的な形で露呈してしまったことになる。国連から日本政府は度々勧告を受け、ヘイト犯罪に対する厳罰対応についての政府答弁なども行われてきたところである(※2 ▶参考URL2 )。本判決を控訴審において速やかに是正することは喫緊の課題であった。
これらの規範に通底するものは、---それが日本国内の判例法理であれ、国際規範であれ---一言で言えば、被害法益への配慮である。それは、本件ヘイトクライムでは
学校へ通う子どもたちの安心・安全
への配慮ということに外ならない。本件では、メッセージ犯罪であるヘイト犯罪の特徴、そのメッセージ性や差別扇動効果ゆえに社会内の差別偏見を媒介させてさまざまな場面で深刻な被害を生じさせる作用等、ヘイトクライム特有の波及効果について十分に評価したうえで「公益目的」要件の判断を行うことが求められていた。一般的な名誉毀損行為と同視して、表面的に「言葉の犯罪」と捉えて形式的な司法判断を行うに留めていては、今日進みつつある深刻な社会分断を押しとどめる力とはなりえない。
ヘイト加害者らがあたかも正当な表現行為であるかのような「表面上の装い」(京都地裁民事H25.10.7判決参照)を纏いさえすれば、それだけで免罪符を与え、あからさまな犯罪行為をまかりとおらせるかのような不正義は許さない。こうした認識のもと、混乱しがちな現場の指針となるべく発出されたのが、H28.6.3付警察庁通達(※3 ▶参考URL3 「...いわゆるヘイトスピーチといわれる言動やこれに伴う活動について違法行為を認知した際には厳正に対処する…」)であった。その後、3年半を経て、ようやくこうした運用が定着しつつあったが、本判決のような司法判断が示されてしまうことで、せっかくの通達が骨抜きになってしまうことは避けられない。
これらの観点から、検察官の控訴が日本社会のさまざまな方面から求められていたものであったといえる。かかる重要性がありながら控訴しない判断は極めて不当なものであり強く抗議したい。
※ なお、現時点で、今回の控訴判断についての弁護団見解のための意見集約は未了です。上記については冨増個人の見解を表明するものです。