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具良鈺弁護士(事前の許可を得て転載します。)

具良鈺弁護士による、判決の「公益性」認定への批判的考察(転載)

更新日:2020年1月5日


 

以下、具良鈺弁護士による、判決の「公益性」認定への批判的考察(facebook投稿)を、本人の許諾を得て転載いたします。

的確かつ極めて重要な指摘です。この間、各紙での識者コメントなどでも、前提事実のご確認が不十分なものが散見されるように感じています。時間がありません。みなさん、各種SNSでの拡散へのご協力、何卒よろしくお願いいたします。

 

 学校法人京都朝鮮学園に対する名誉毀損を認定した2019年11月29日付京都地方裁判所第3刑事部(柴山智裁判長)判決は、ヘイトクライムたる本件の本質を見誤っているように思います。  私は、米国ニューヨーク大学ロースクール客員研究員、英国エセックス大学国際人権法LL.Mへの留学経験を通じて、諸外国のヘイトスピーチ・ヘイトクライムの法律実務、国際基準を研究してきました。以下、国際人権法の専門的知見からの考察として、今回の判決の公益性の認定の問題性について私見をまとめてみました。

1 「公益目的」認定方法の誤り

 本判決の最も重大な問題点は、被告人による差別扇動に公益目的(刑法230条の2)を認定した点である。本判決により、結果的には、意図に反して裁判所が差別扇動に加担 する効果を生んでしまうといっても過言ではない。

(1)本判決における「専ら公益を図る目的」の認定

 本判決は、被告人の言動が「専ら公益を図る目的」でなされたか否かについて、「まず、その発言内容自体が考慮されるべき」であるとする。そして、判示1において認定した被告人の発言内容(「ちょっと前までね、ここ、空き地になっているでしょ。ここにね、日本人を拉致した朝鮮学校があったんですね」「ここに何年か前まであった京都の朝鮮学校ってありますよね、この朝鮮学校は日本人を拉致しております。」「これはもう警察庁にも認定されて、その朝鮮学校の校長ですね、日本人拉致した、国際指名手配されております。」「この勧進橋公園の横に、その拉致した実行犯のいる朝鮮学校がありました」)、および、被告人が「報道等の資料を踏まえて」上記発言に及んでいること、公判廷においても被告人が、「朝鮮が行った拉致などの悪事を知ってほしい、自分の活動が最終的に日本の国益になると信じている」旨供述していることから、「主として」日本人拉致事件に関する事実関係を一般に明らかにするという目的で本件犯行に及んだと認定している。  本判決では、本件に至る背景、経緯等に基づく文脈的分析については全くといっていいほど検討がされていない。本判決は、本件の本質である差別扇動目的を見誤ることとなった。

(2)差別扇動の認定方法

 国際的な刑事司法の議論においては、同じ言葉であっても、それがなされる文脈、背景、相手、場所、方法等の具体的状況においては、全く異なる意味合いをもちうることについては定説となっている。諸外国において、正当な表現行為を装った差別扇動事例が数多く見られるなか、これに対する適正な刑事処罰を確保するために議論が重ねられて一定の国際的なコンセンサスが形成されてきたという経過がある。こうした内容をまとめたものが、人種差別撤廃委員会・一般的勧告35 (2013)「人種主義的ヘイトスピーチと闘う」(CERD/C/GC/35、2013年9月26日)であり、法律により処罰されうる流布や扇動の条件として、以下のような「文脈的要素」を考慮するものとした(同勧告15パラグラフ)。

「スピーチの内容と形態」:スピーチが挑発的かつ直接的か、どのような形態でスピーチが作られ広められ、どのような様式で発せられたか。

「経済的、社会的および政治的風潮」:先住民族を含む種族的またはその他の集団に対する差別の傾向を含むスピーチが行われ流布された時に、一般的であった経済的、社会的および政治的風潮。ある文脈において無害または中立である言説であっても、他の文脈では危険な意味をもつおそれがある。委員会は、ジェノサイドに関する指標において、人種主義的ヘイトスピーチの意味および潜在的効果を評価する際に地域性が関連することを強調した [1]。

「発言者の立場または地位」:社会における発言者の立場または地位およびスピーチが向けられた聴衆。委員会は、本条約が保護する集団に対して否定的な風潮をつくりだす政治家および他の世論形成者の役割に常に注意を喚起しており、そのような人や団体に異文化間理解と調和の促進に向けた積極的アプローチをとるよう促してきた。委員会は、政治問題における言論の自由の特段の重要性を認めるが、その行使に特段の義務と責任が伴うことも認識している。

「スピーチの範囲」:たとえば、聴衆の性質や伝達の手段。すなわち、スピーチが主要メディアを通して伝えられているのかインターネットを通して伝えられているのか、そして、特に発言の反復が種族的および人種的集団に対する敵意を生じさせる意図的な戦略の存在を示唆する場合、コミュニケーションの頻度および範囲。

「スピーチの目的」:個人や集団の人権を保護または擁護するスピーチは刑事罰またはその他の処罰の対象とされるべきでない

(3)事実関係および本件へのあてはめ

 以上の基準を、本件にあてはめて検討する。

 被告人は、いわゆる「ヘイトスピーチ京都事件」として社会的耳目を集めることとなった2009年12月から2010年3月におこった京都朝鮮第一初級学校に対する差別街宣において主犯格として関与し、侮辱罪、威力業務妨害罪で起訴され、また、2010年4月にはヘイトスピーチ京都事件の保釈中の身分でありながら徳島県教職員組合に押し入りヘイト街宣を行ったことについて、建造物侵入及び威力業務妨害罪で起訴され、2011年4月21日、これら刑事事件について懲役2年、執行猶予4年の判決言い渡しを受けたが、執行猶予中に別件差別街宣を起こし、服役することとなった。被告人は、最終刑の執行が終了してから1年と経たないうちに本件犯行に及んだ。  本件犯行場所は、2009年当時と同じ場所、すなわち被告人による2009年のヘイトスピーチ事件をきっかけに廃校となった京都朝鮮第一初級学校跡地において、これまでの街宣活動と同様に拡声器を用い、差別街宣の様子をインターネットで拡散している。被告人は、「日本人を拉致した朝鮮学校」「拉致した実行犯のいる朝鮮学校」、「まだこの朝鮮学校関係者がこの近辺に潜伏していることは確実でございます。だから、朝鮮学校関係者かな、と思ったら110番してください」と発言しており、その発言内容は朝鮮学校と犯罪を直接に結びつける「挑発的」なものである。  しかも、その「形態」も、以前と同じ場所で、以前と同様、拡声器を用いて行われており、方法においても反復性・連続性が認められる。刑事・民事いずれについても、本件被告人の悪質性を断罪した司法判断は大きく報道され社会的耳目を集めた。服役を含む前刑執行終了の直後に、あえて当該犯行現場を選び、前件と連続性を意識した差別言動を繰り返し、自らの過去の行為の正当化を目論んで実施した街宣活動が本件である。あえてこの場所を選択した被告人の狙いは、インターネット動画の視聴者に対し、過去の一連の学校児童らに対する暴力的な威力業務妨害事件を想起させるところにあることは十分に推認される。これは被害者、特に幼少の児童らを抱える学校法人に対し大きな恐怖感を与える挑発的な態様である。司法による抑止などというものが、結局のところ無意味であることを高らかに宣言し、被害者に思い知らせるような行為であるからである。他方で、真実、拉致問題についての問題提起を行いたいという真摯な思いがあるのであれば、被告人において、自らの過去の犯罪行為や差別扇動行為とは切断して受け止めてもらえるような態様、本校の被害児童らの不安をできる限り最小化できるような場所の選択、発言内容の選択をすることに何らの支障はない状況にあった。この程度の配慮は、同種の犯罪前歴を持つ者が当然に被害者に配慮すべき範疇に含まれるであろう。従って、本件について差別扇動目的が推認されたとしても被告人に酷な評価などにはならない。  実際、判決文自体、被告人の発言のうち「まだこの朝鮮学校関係者がこの近辺に潜伏していることは確実」「朝鮮学校関係者かなと思ったら110番してください」など、一般聴衆の不安感を殊更に煽る内容に照らして「朝鮮学校関係者というだけで犯罪者と印象づける目的」があったとの認定まではしている。そうであれば、端的に差別扇動の目的こそが主目的で、公益性などはないと認定すべきであろう。判決はこの発言につき「聴衆の関心や注目を引く目的でやや極端な表現を使ったもの」との評価を公益目的を肯定する事情として位置づける。表現の自由市場において通常の表現方法では注目を得られない内容であるのに、過激さをまとうことで表現者が求める利益を享受させ、その結果、幼少の被害児童らに犠牲を強いることは著しく正義に反する。公益目的を否定する方向の事情と位置づけられなければならない(別冊法学セミナーNo.258「ヘイトスピーチとは何か」112頁参照)。

 次に、発言が行われたときの「社会的、政治的風潮」をみると、国連の各種人権委員会からの度重なる是正勧告にもかかわらず、日本国内においては、拉致事件等の外交上の理由から朝鮮学校の生徒を教育基本権の具現化たる各種制度の対象から除外する措置がとられている状況であった[2]。とりわけ、本件の「地域性」をみると、本件犯行が行われた場所は、京都の中でも、在日コリアンマイノリティの集住地域である東九条という地域であり、本件犯行場所は2009年から2010年にかけて熾烈なヘイトクライムの現場となった本件学校があった場所である。これらの事件についての民事・刑事裁判においてはすでに被告人を断罪する判決が出されたにもかかわらず、いまなお、日本社会では在日コリアンに対する「ヘイト」が蔓延する事態のままである。このような状況に鑑みれば、拉致事件について意見を述べることそれ自体は一般的には中立な言説であるといえるとしても、本件犯行時の社会的、政治的風潮、および地域性をも考慮すれば、本件発言は、京都朝鮮学校関係者および当該地域に居住する在日朝鮮人に対する差別を扇動するものであり、本件犯行の潜在的効果は、当該地域の在日朝鮮人が差別の対象として攻撃されうる危険をはらむものである。

 先述の通り、被告人は、在特会の元京都支部長である。被告人は、ヘイトスピーチ京都事件、徳島県教組事件など社会的耳目を集めた「ヘイトスピーチ」事件と言われるいずれの事件にも主犯格として関与してきた。2009年の京都事件においては、街宣禁止仮処分命令の送達を直接受けた人物であるにもかかわらず(平成22年(ワ)第2655号街頭宣伝差止等請求事件・平成25年10月7日京都地方裁判所第2民事部判決p58(2))、同仮処分決定を堂々と無視し、2010年3月に同校に対し第三回目の差別街宣に及んだ。このように、被告人がこれまで同種事件において中心的役割をはたしてきた「立場」または団体における「地位」からしても、在日朝鮮人に対する否定的な風潮を作り出すための中心的役割を果たしてきたといえる。

 さらに本件聴衆の「範囲」をみても、被告人は、本件犯行の動画をインターネットで配信し、不特定多数のものが閲覧できる状態においており、過去の犯行との反復性がみられる。本件犯行は、これにより見る者をして、過去のヘイトスピーチ事件(京都事件、徳島県教組事件など)と類似の影響を与える目的であった、すなわち、在日朝鮮人に対する敵意を生じさせる意図的な戦略であったと評価されるべきである。

 以上のように、本件発言をその言葉のみならず、具体的事実関係、背景をもとに文脈的に分析すれば、本件発言の目的は、拉致事件の解明ではなく、むしろ、過去の犯行と同様、在日朝鮮人への差別であったと認定されるべきである。

(4)小括

 以上のように本件犯行は、被告人が主犯として関与した過去の一連のヘイトスピーチ事件(ヘイトクライム事件)の延長線上に位置付けられるものであり、朝鮮学校と犯罪を結びつけてレッテルを貼り、しかも、それを日本社会の関心事である拉致事件と関連づけることにより、さらに日本社会を刺激し、在日朝鮮人への差別を助長し扇動する意図を有していたというべきである。 よって、本件において「専ら公益目的」などとは認められない。

2 量刑の誤り

 日本政府は、1988年(昭和63年)人種差別撤廃条約に基づき設立された国連の人種差別撤廃委員会において、日本の刑事法廷が「人種的動機(racial motivation)」を考慮しないのかとの質問に対し、「レイシズムの事件においては、裁判官がしばしばその悪意の観点から参照し、それが量刑の重さに反映される」と答弁している。これを受けて人種差別撤廃委員会は、日本政府に対し、「憎悪的およびレイシズム的表明に対処する追加的な措置、とりわけ・・・関連する憲法、民法、刑法の規定を効果的に実施することを確保すること」を求めた。  このように、日本政府自身が、その答弁において、刑事事件の量刑の場面においては、犯罪の動機が人種差別にあったことは量刑を加重する要因となることを認めており、人種差別撤廃条約が法の解釈適用に直接的に影響することを認めている。  本件は、2009年以降立て続けに行われた差別街宣活動の延長線上に位置付けられ、同種のヘイトクライムを反復・継続しているものであり、違法性が高い。こうした基礎事情については自明というべきものであるが、本件1審に顕出された証拠により認定可能な外形的事実のみをもってしても、優に認定が可能なものと思われる。  さらに、被告人の犯罪の動機は、1において述べた通り、在日朝鮮人に対する差別を助長し扇動するものであった以上、量刑は加重されるべきである。あろうことか、本件判決は、「公益目的」を認定したことを量刑にも影響させた。具体的には量刑判断理由のなかで、被告人は「公共性の高い事柄について、公益を図る目的で、…自己の主張を述べるなかで名誉毀損に当たる表現行為に及んだもので、この点は相応に考慮すべき事情といえる」などとした。つまり、出発点としての差別性の評価を誤ったことで、量刑を加重するどころか、逆に、軽減する方向での評価をしていることになる。  以上のことから、罰金50万円という量刑は軽きに失し、不当である。

3 最後に

 被告人は、いわば手を替え品を替え、差別扇動という同一目的を達成するための手段を試しているに過ぎない。先述の通り、被告人の法無視の態度は常習的かつ意図的なものである。日本における包括的差別禁止法、ヘイトクライム・ヘイトスピーチに対処する実効的な法体系の欠缺という状況を利用した、日本の司法制度への挑戦であるとも言える。  現行刑法体系下においても、日本政府が人種差別撤廃条約委員会に答弁した通り、差別的動機に基づく犯罪については量刑において加重し、適切な法運用がなされることが強く期待される。 以上

注釈 [1] ジェノサイド防止に関する宣言のフォローアップに関する決定:制度的及び大規模な人種差別の傾向 の指標、国連総会第 60 会期公式記録、補遺 No.18 (A/60/18), chap. II, para. 20.

[2] 本件犯行当時、国は朝鮮高級学校を高等学校等就学支援金の支給対象校からの除外し、地方自治体は朝鮮学校への補助金を削減・不支給にするなどの状況であり、現在もこの状況は続いている。また、直近では、これらに引き続いて朝鮮学校付属幼稚園を幼保無償化対象から除外するなどの動きがある。


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